にやっと暮らす

ラクに生きたいボッチのブログ

昔からよく使ってしまう日記の言葉

ゆかいな仲間たち

この間日記を読み返してて妙なことを発見しました。

私の日記「○○とゆかいな仲間たち」がやたら多い……

一番古いものだと12歳11ヶ月、最近だとこの間のバレンタインにも登場してます。

 

16~18歳ころが特にひどくて、最低でも月2のペースで「○○とゆかいな仲間たち」って書いてあるんですよ。

覚えたての下品な外国語を多用する中学生のように、頻繁に日記に出てきます笑

語彙がないのが原因か。
はたまた本当にゆかいな仲間たちだと思っているのか。

自分のことなのに判断つかないですね。

 

誰が言い出したかは知らないけれど「○○とゆかいな仲間たち」ってグループ名を付けるときにまず挙がる名前ですよね。

困ったらこの案が飛び出す。

これと同じ心理で私は使っているとはおもいます。

とくに理由はないかもしれない。

でも、なんとなく自分のことを知りたい!

というわけで、なぜ自分が「○○とゆかいな仲間たち」を多用しているのかひも解いてやろうと思います。

 

「○○とゆかいな仲間たち」の使い方としては、深い意味もなくただのネーミングでしかないようです。

仲がいい人の名前を先頭にした
「Aちゃんとゆかいな仲間たち」
って表現ももちろんありました。

1人の名前しか出てこないアイドルにも
「キムタクとゆかいな仲間たち」
という表現で、グループ名を誤魔化していることも多々散見されます笑

名前を覚えるのが得意じゃないせいで、この表現に頼らざるをえないっていうのもあるんですけど。

 

対象は人だけでなく、物にも使っています。

「裁縫箱ゆかいな仲間たち」
=裁縫箱と針、糸、ミシン糸、ボビン、チャコペン、糸通し等

「無印手帳とゆかいな仲間たち」
=手帳とペン、下敷き、シール、定規のセット

とか。

高校生の頃の日記には多発するニキビに対して
「思春期のわたしとゆかいな仲間たち」
と書いてありましてね。

ニキビにすら仲間感を求めていたようです。しかも愉快さも必要という笑

 

それと、つまらないと感じていたクラスや職場にも
「担任の先生とゆかいな仲間たち」
「上司とゆかいな仲間たち」
って表現を使っていました。

そうすることで、自分も愉快な一員感が出るんでしょうね。

「ゆかいな仲間たち」表現後は鬱々とした内容があまり出てこなくなってましたから。

わたしってめちゃくちゃ単純笑

 

あとは純粋に面倒くさくて、関係性を一括りに考えていたのもあるかもしれません。

とくに学生時代は帰属意識みたいなものが全くなくて、クラスメイトだから何なんだって思っていましたからね。
たまたま同じ教室にいる人であって、所詮他人だろうって。

でも「○○とゆかいな仲間たち」って思っておくと、少なくとも自分とは関係のない存在だとは思わなくなりますからね。

多少でも愉快な仲間である必要が出てきます。

そういう意識改革もちょっとはできるみたいで、日記によると一部学校行事ではわたくし、結構頑張っていたみたいです。

 

 

それと面白いなって自分で思っちゃったのが、25歳くらいまでの日記だと、仲間たちからの「卒業・脱退」って表現も使っていたんですよ!

ニキビが一つ治れば「無事卒業!」

一つの作品でミシン糸をちゃんと使い切れば「皆勤賞での卒業」

ギリギリまで使い倒した消しゴムが「卒業間近」

行方不明になったピックは「理由も言わずに脱退」

上司と揉めて職場に来なくなった先輩は「方向性の違いから脱退」

こういう表現を使っています。

アイドルグループとかバンドかよってツッコみながら日記読むの楽しかったです笑

 

こうして見るとモノに対してはなんとなく無事卒業させるのが使命!みたいに思っている感じもありますね。

だから突然いなくなる(脱退)とショック……

ある意味モノを大切にすることに繋がっているのかもしれないなと思いました。

いい方に考えすぎか?

やっぱり使い切れるとうれしいし、失くすと悲しいですから。
ボッチの私にとっては人の出会いと別れと一緒です。

だからこそ、自分が使うモノは「ゆかいな仲間たち」になりうるお気に入りのアイテムで揃えたいなって思いましたね。

絶対失くすものか!という意識も持てますし。

買い物とか消費への考え方を改められたので良かったかな。

 

それと、今後社会にまた出たときに『虚無……』みたいになったら「○○とゆかいな仲間たち」理論でぶつかっていきたいですね。

いつになるかわかんないけど笑

 

とりあえずは当時の自分の考えていることがわかってよかったです。

たまにはこうやって当時の気持ちを思い出すのもいいなって思いますね。

語彙を増やせる自信もないし、今後も「ゆかいな仲間たち」に頼って生きていこうと思います。